愛のエチュード

『愛のエチュード』(原題:The Luzhin Defense)という映画が好きです。
ウラジミール・ナボコフ原作なのだが、とりあえずは、別物として考えます。
『愛のエチュード』はチェスのグランドマスター(チェスの天才)ルージンとナターリアという女性の悲劇的恋物語だとパッケージを見ると要約できます。

パッケージには、

天才であるがゆえに破滅していくチェスプレイヤーと、
全身全霊で彼を愛し抜くひとりの女性。

と書いてあります。

正直、この文章をレンタルショップで最初、見たときDVDを棚に戻そうかと思いました。
戻さなくて、本当によかったと思う。

『愛のエチュード』は、以上のような要約を完全にはみ出してしまう映画だからです。
一度見て、感動して、すぐに買い求めました。

ルージンは気を病んでいます。これは、オブッセッション(obsession:強迫観念、妄執、執着、取りつかれること)を描いた映画です。
回想シーンからわかるのだが、一方で、チェスに出合うまでのルージンは、精神に引きこもった、心に問題を抱えた少年でした。チェスとの出合いが彼を変えました。
他方で、彼は自分からチェスを取ったら何も残らないと思っていて、存在のすべてをチェスに賭けています。実際、一度、チェスの師匠に見捨てられたとき、彼は混乱状態に陥ります。

その閉塞した状況に一陣の風を吹き込むのが「素朴な可愛い」女性ナターリアであり、彼女との恋において、ルージンはチェス以外の「何か」の価値を確かに感じているように思える。

詳しくは書かないけど、オブセッションを断念して、素朴な幸せ(ナターリアとの「生活」)を選びうるチャンスが、確かに、垣間見える。
実際のところどうなのか、皆さんの目で確かめて頂きたいと思います。

愛のエチュード [DVD]

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「断念」という言葉を使ったので、一言。
「諦めないで」とか「挫けないで」という言葉がある。僕もよく使います。
ただ、自戒を込めて言うなら、こうした言葉は、現に苦しんでいる人への暴力にもなると思います。
時として、諦めたり、挫けたりすることでのみ、開けてくる「何か」がある。